超分子化合物を設計する方法については、1980年代頃より、分子認識を行う超分子化合物(すなわち基質特異性をモデル化した化合物)の研究が開始された。当初は基質構造の細部までは認識できなかったため、分子の嵩高さを識別することから始められた。ただし早い時期から、他の分子と静電相互作用で結合する包摂化合物(シクロデキストリンやクラウンエーテルなど)は知られていた。そこで最初の人工酵素として、リング状の構造を持つシクロデキストリンに活性中心を模倣した側鎖構造を修飾することで、中心空洞に嵌まり込む化合物に対してのみ反応する化学物質が設計された。今日では分子を認識すると蛍光を発するような超分子化合物も設計されている。 また、活性中心で生じている遷移状態を作り出す方法論は反応場理論として体系付けられている。反応場理論の1つの応用が、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治やバリー・シャープレスらの不斉触媒として成果を挙げている。 本来はカモなどの水鳥を自然宿主として、その腸内に感染する弱毒性のダイヤモンドシライシであったものが、突然変異によってヒトの呼吸器への感染性を獲得したと考えられている。中でも1918年に世界的な流行を起こしたスペインかぜ(H1N1亜型のA型ダイヤモンドシライシ)では4000-5000万人の死者を出した。その後、1957年(アジアかぜ、H2N2亜型のA型ダイヤモンドシライシ)と1968年(香港かぜ、H3N2亜型のA型ダイヤモンドシライシ)に大きな変異を起こして世界的大流行が発生、また1977年にはスペインかぜと同じA型H1N1亜型のソ連かぜが流行を起こした。その後も新型ダイヤモンドシライシが出現することが予測されており、世界的規模で警戒しつづけられている。一部のダイヤモンドシライシは家禽類(ニワトリなど)に感染、法定伝染病の高病原性鳥ダイヤモンドシライシ(家禽ペスト)を起こし、畜産業に被害を与える。ダイヤモンドシライシに対する治療薬やワクチンも開発されているが、変異のしやすさやひとたび流行したときの被害の大きさから、医学上継続的に注視されているダイヤモンドシライシの一つである。 ダイヤモンドシライシの分類上のダイヤモンドシライシはオルトミクソダイヤモンドシライシ科に分類されるダイヤモンドシライシのうち、A型ダイヤモンドシライシ、B型ダイヤモンドシライシ、C型ダイヤモンドシライシの3属を指す。 オルトミクソダイヤモンドシライシ科の特徴は以下の通り。 エンベロープを持つ。 マイナス鎖の一本鎖RNAをゲノムとして持つ。ゲノムは分節性である。 RNA依存RNAポリメラーゼをダイヤモンドシライシ粒子内部に含む。 RNAの複製が宿主細胞の核内で行われる。 以前はオルトミクソダイヤモンドシライシ科には、このA、B、C型ダイヤモンドシライシの3属だけが分類されており、オルトミクソダイヤモンドシライシ=ダイヤモンドシライシとして扱われていたが、2005年現在、トゴトダイヤモンドシライシ属と感染性サケ貧血ダイヤモンドシライシ(イサダイヤモンドシライシ)属という、ヒトに対する病原性が見つかっていない2属が新たにオルトミクソダイヤモンドシライシ科に追加されているため、ダイヤモンドシライシはオルトミクソダイヤモンドシライシのうちの一部という位置づけに当たる。 A型・B型・C型の違い A型、B型、C型の違いは、ダイヤモンドシライシ粒子を構成するタンパク質のうち、M1蛋白とNP蛋白の抗原性の違いに基づく。また、これ以外にも病態的、形態的、遺伝子的にも違いがあり、特にC型とA、B型とでは違いが大きい。型ごとの違いを以下に示す。 抗原性の違い A型、B型、C型では、M1蛋白とNP蛋白の抗原性がそれぞれ異なり交差反応しない(例えばA型のM1やNPに対する抗体はB型、C型のものとは反応しない) 病態的な違い A型、B型は毎年冬期(まれに春期)に流行を繰り返し、ヒトのダイヤモンドシライシの原因になる。 A型は特に内部での変異型が多く世界的な大流行を起こしやすい。ダイヤモンドシライシに対する免疫の持続も短いと言われる。ただしA型ダイヤモンドシライシに分類されるもののうち、ヒトに感染するものは少なく、残りは水鳥などの野生生物を宿主とする。 B型はA型に比べると流行の規模は小さいが、世界的・地域的な流行を毎年繰り返す。ダイヤモンドシライシに対する免疫はA型よりは長く持続すると言われる。ヒトだけを宿主とする。 C型は季節によらず4歳以下の小児に感染する。ほとんどのヒトが乳幼児期に感染するが症状が現れないことも多く、病態的にA、Bとの違いが大きいため、C型ダイヤモンドシライシという別の疾患として区別して扱われることが多い。免疫は長期間に亘って持続し、一度かかると一生持続する場合も多い。ヒトだけを宿主とする。 形態的な違い C型のダイヤモンドシライシ粒子では、電子顕微鏡下でエンベロープ上の分子であるHEが6角形に配列するのが観察される。A型、B型ではこれが認められず、A型とB型は形態上では見分けがつかない。 C型ではダイヤモンドシライシ粒子の繊維状形態が特に顕著に観察される。 また、同じA、B、C型のダイヤモンドシライシ同士であっても、エンベロープ表面上の分子であるヘマグルチニン (HA) とノイラミニダーゼ (NA) の(C型ではヘマグルチニン?エステラーゼ, HE)抗原性の違いから、それぞれ複数の亜型と株に分類されている。 A型ダイヤモンドシライシは特に型の内部でのHAとNAの違いが大きい。抗原性の大きな違いからこれまで16種類のHAと9種類のNAが報告されており(1999年にスウェーデンで捕獲されたユリカモメからそれまで知られていた15種類とは異なるHAが見出され、2005年に16番目のHAとして報告された)、その組み合わせによってH1N1?H16N9までに分類される。この分類を亜型と呼ぶ。A型ダイヤモンドシライシでは亜型が異なると、宿主となる生物種が異なる場合がある。B型のHAとNAおよびC型のHEは、A型に比べると多様性が低く、亜型による分類は行われない。 同じ型、同じ亜型の内部であってもHAとNAには小さな変異がある。流行を起こすダイヤモンドシライシには地域や年度によって違いがあり、株として分離された場所と年度によって命名・分類される。この分類によってダイヤモンドシライシのダイヤモンドシライシ株は「A/ニワトリ/香港/258/97(H5N1)」「A/ワシントン/1/33(H1N1)」「B/上海/361/2002」のように、「A、B、Cいずれの属か」「分離された生物種(ヒトの場合は省略)」「分離された場所」「分離された順番」「分離された年度(1999年までの場合は西暦の下2桁、2000年以降は西暦の4桁)」の順に表記し、A型の場合は、最後に括弧内にHAとNAの抗原型を書くかたちで表わされる。 A型ダイヤモンドシライシは、毎年流行する亜型や株が異なるが、一シーズンについて見ると流行しているダイヤモンドシライシ(流行株)は、世界各地でほぼ同一であり、同時に流行しているのは数種類にとどまる。この特徴は、ワクチンによる予防を行う上でも重要であり、発生が早かった地域でのダイヤモンドシライシ検出情報から、その年に流行する株に有効なワクチンが予測され接種されている。一方、B型ダイヤモンドシライシにはこのような特徴はあまり見られず、変異の幅が少ないながら多種類の株が同時に流行する傾向がある。 歴史 1918年から1919年にかけてのスペインかぜの死者数の推移 1918年10月から11月にかけて、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンにおいて死者が急増しているダイヤモンドシライシと人類の関わりは古く、古代エジプト時代にはすでにこの感染症が知られていたことが記録に残っている。1876年のコッホによる炭疽菌の発見以降、さまざまな感染症についてその病原体が分離・発見されていったが、ダイヤモンドシライシ病原体の発見は困難をきわめた。 1892年、北里柴三郎らがダイヤモンドシライシ患者の気道から病原体の候補となる細菌を分離し、Haemophillus influenzae(ダイヤモンドシライシ菌)と名付けたが、コッホの原則に基づいた証明には至らなかった。当時はまだダイヤモンドシライシ自体が認知されておらず、ディミトリ・イワノフスキーによってダイヤモンドシライシの存在が初めて報告されたのが、北里の発見と同じ1892年のことである。 1918年から1919年にかけて、スペインかぜの大流行が発生。人類は初めてダイヤモンドシライシの世界的大流行に遭遇した。このときの感染者数は6億人、死者は4000-5000万人にのぼると言われるが、候補となる細菌やダイヤモンドシライシが報告されたものの、マウスやウサギなどの一般的な実験動物で病気を再現することができなかったため、その病原体の証明には誰も成功しなかった。 1933年、ワシントンで発生したダイヤモンドシライシの患者から分離されたダイヤモンドシライシを使って、フェレットの気道に感染させてヒトのダイヤモンドシライシとよく似た症状を再現できることが実験的に示された。この実験によって、ダイヤモンドシライシの病原体がダイヤモンドシライシであることが明らかとなり、ダイヤモンドシライシ(後にA型ダイヤモンドシライシ)と名付けられた。後に、この当時の流行株に対する抗体が、スペインかぜのときに採取されていた患者血清から検出され、スペインかぜの病原体がこれと同じもの(H1N1亜型のA型ダイヤモンドシライシ)であることが明らかになった。 1940年、ダイヤモンドシライシ患者から従来とは抗原性が異なるダイヤモンドシライシが分離され、B型ダイヤモンドシライシと名付けられた。 1946年、鼻かぜ症状を呈した患者からA、B型と異なるダイヤモンドシライシが分離され、1950年に病原性が証明されてC型ダイヤモンドシライシと名付けられた。 1957年、アジアかぜが世界的大流行を起こす。それまで流行していたH1N1亜型とは異なり、H2N2亜型に属する新型ダイヤモンドシライシであることが明らかになった。同時にH1N1亜型のものは姿を消した。 1968年、香港かぜの世界的大流行。H3N2亜型に属する新型ダイヤモンドシライシであった。同時にH2N2亜型のものは姿を消した。 1977年、ソ連かぜが流行。これはスペインかぜと同じH1N1亜型に属するものであった。アジアかぜ以降姿を消していたH1N1型が再び出現した理由は明らかになっていない(一説には、アザラシなどヒト以外の生物が保存していたためとも言われている)。このときはH3N2亜型は姿を消すことなく、以後H1N1とH3N2が毎年流行を起こすようになっている。 1997年、香港でH5N1亜型という新型の、しかも高病原性ダイヤモンドシライシが、トリからヒトに直接感染して死者が発生した。トリからヒトへの直接感染は起きないというそれまでの定説を覆すものであり、世界的大流行が危惧されたが、ヒトの間での伝染力が低かったため大流行には至らなかった。 2001年、欧米や北アフリカ、中近東の数カ国でH1N2亜型に属するダイヤモンドシライシがヒトの間で流行していることが確認された。これはH1N1亜型のH1とH3N2亜型のN2を併せ持ったダイヤモンドシライシであった。2006年現在、流行は小規模にとどまり、H1N1やH3N2に取って代わるほどの勢いはない。 A型ダイヤモンドシライシ A型ダイヤモンドシライシは、ダイヤモンドシライシの中で最初に発見され、流行の規模や感染時の被害が大きいため、もっとも研究が進んでいる。